東京不幸中毒

幸せを追っかけても不幸にしかならなかったので、不幸を追っかけてみることにした

もう勝手にしやがれ、甘い蜜には毒がある。

1度に3つの性病に罹った。

3つといってもどれもよくあるもので、正直HIVや梅毒みたいに深刻なものがないのが救いだ。

性病に一度かかると2週間はセックスができない。セックスどころかオナニーすら叶わない。これは深刻な問題だ。これでいて結構本気で頭を抱えているのだ。

かさむ医療費、息は潜めれど一生身体に残るウイルス、なんとなく後ろめたい気持ち、エトセトラエトセトラ。もし不妊にでもなったら家系図が私で止まってしまうことも不安の一つ。私は戸籍上一人っ子で従兄弟もいない。

私が産まねば途切れてしまう。今日日のツイッターは子育てがさも地獄のように取り上げられられるけど私の運命にそんな地獄が待ち構えていると思うと本当に勘弁してほしい。赤ちゃんの夜泣きなんてまっぴらごめんだし働いていたい。フル稼働で変化し続ける社会の渦の中にいたい。家で薄暗い昼下がりを赤子の泣き声と共に迎えたくなどない。

でも子どもが欲しくないわけじゃない。自らの血を分けた新しい生命なんてなんと神秘的で美しいことかと思う。出産は、人間、しかも女に産まれた私が起こせる唯一の奇跡だ。奇跡を起こしたいと思う。そして不確実で不安定な未来を繋ぎたいと心の底から思う。

 それでも人生においての全ての悦び、頭を蕩かす甘い密には毒がある。

セックスを愛する若い女体に病気が潜みつづけるみたいに、奇跡が産む新たな生命がすべからく原罪を抱えるみたいに、そこらかしこに毒がある。もちろん毒は棘を持って隠れている。まどろみの中に身を潜めている。蜜が甘ければ甘いほど隠れるカーテンは厚く、棘は黒く鋭く、毒の蝕みは順調快調爽快だ。

 

チョコレートも、恋も、セックスも、社会的地位も、睡眠も、出産も

歯に毒を、心に毒を、子宮に毒を、経験に毒を、筋肉に毒を、原罪に毒をもって私の頭を蕩かしてくる。

 甘い蜜には毒がある。

毒を食らわば皿までというし、せっかくだから不幸も全部自分から積極的に舐め尽くして無限のまどろみに惑わされたい。

たしかに死までのルーティンワークから私たちは逃れられない。でも、あえて逃げずに快楽をむさぼる事はできる。

まどろみを取って毒をも食らうか、無味乾燥な人生を送るかは、

もう「勝手にしやがれ」!

 

大丈夫、性病にかかってもなにがあっても人間簡単には死ねないんだよ。