東京不幸中毒

幸せを追っかけても不幸にしかならなかったので、不幸を追っかけてみることにした

グッド•モーニング•シガレッツ

私は起き抜けに煙草を吸う。

 

iphoneの「アラーム」の文字、窓の向こうの白い光とシーツにおちた陰をまだ霞んだ目で眺める。そしてあたたかい毛布の砦で一度筋肉を引っ張る伸びをして、ライターの火をつける。
百合が開ききったような形のガラスの灰皿に灰を落とす。口の中が香ばしくて苦い。みるみるうちに頭は酸欠でぼうっとしてきて、もう一度布団に潜り込みたくなる。その気持ちをぐっとこらえ、ヘアアイロンの温度を160℃に設定する。

 

毎晩アルコールシートで拭く部屋のフローリングが光っていること、縁のない全身鏡のまなざしが相変わらず冷淡なことを確認してから薄紫色のガウンをベッドの上に脱ぎ捨てる。それから体重計が表示する数値を確認して、今日の生活リズムを組み立てる。ようするに食事を摂るか摂らないかの話だ。

 

コーヒーと煙草があれば栄養摂取目的以外の食事はいらない。食欲は咀嚼の快感を忘れればなくすことができる。ティファールのスイッチを入れてお湯をわかし、海外産サプリメントをながしこむ。いつもの朝ご飯。白湯に1つまみの抗酸化塩を入れると、煙草と良い相性になる。

 

朝ご飯だけじゃない。食事の時間をとるよりも、一人でコーヒーを飲みながら煙草の煙をくゆらすほうがずっと良い。死に向かう身体を感じることができる。自分の先には100%死が待っている。この時がずっと続く、なんてことはない。22歳の若さも、あるいは老いも、人生において通り過ぎるべきポイントの1つであることを特に近頃は痛感する。人間である以上今の場所に留まることは不可能だ。人間は毎日死に向かっているのだということを自分に言い聞かせる場所、それが昼時の喫茶店だ。

 

周りが食事を摂る中一人でコーヒーを飲む時の、胃を締め付けるような空腹感は神経を鋭敏にさせる。

目に映る世界がビビットな色彩とシャープな輪郭をもつ。あらゆるノイズがひとつひとつ明確になる。ありとあらゆるごまかしのきかない世界になる。コートの毛玉がやたらめったらしゃくに障る。心臓の音、血液が脈と共に循環するのを感じる。今日も私の身体は一所懸命に私を生かしている。ご苦労なことだ。

 

安っぽいプラスチック製の小さな灰皿。私が火をつければ煙草は煙を吐く。私の思い通り、なんて思っていたら、いつのまにか煙草なしでは生活出来ない身体にされていた。私の人生は大体こんなことばかりだ。

 

 

死までのカウントダウンとごまかしのきかない世界の孤独は私の背筋を伸ばし、目を覚まさせる。現実が突如立ち現れる瞬間。夢の中から現実世界への強制送還装置。

 

 

「おはよう。とりあえず、一服」

 

 

眩しい黄色の煙草の箱を、今日もゴミ箱に押し込んだ。